2006年9月アーカイブ

「影」に関心があった私にはタイムリーだった

自分の劣等感を無視し、抑圧し、攻撃し、逃げる
無視し、抑圧された劣等感は「影」となり、自分に
不安をもたらし

他者に投「影」して、嫌ったり、攻撃する

嫌っても、避けても、攻撃しても「影」はなくならない
結局、向き合って、それも自分の一部として受け入れる
しかない。

しかし、「影」を受け入れるだけのこころの強さが
なければ、「影」に自分が飲み込まれてしまう
だから、試練を乗り越えることを通じてこころが強くなる
まで、逃げるしかない

光が強ければ、「影」も濃い

それぞれの頑張りや能力が反映される「実力主義」には
格差という「影」がある

勝ち組、負け組みが言葉として定着し
上流下流

勝ち組、上流にはその光と同じだけの「影」ができる
「影」に飲み込まれ、優越感やエリート意識、蔑視を
すれば、それは自分にも還ってくる

立派な王に対する劣等感から、自信を持てなかった主人公
劣等感を抑圧し、投影した王を殺害して逃亡する

力のあるものが力で人を抑圧し、奴隷にする
世界の均衡が崩れる

社会は格差社会を煽るが
「影」は社会において抑圧された側にだけにあるのではなく
勝ち組、上流側の「こころ」のなかにもある

ゲド戦記は

現在の世相と自分の心の闇を重ね合わせながら

自分の不安の対象や
無視したり、抑圧しているものは何かと
自分自身の「影」と対話しながら観る大人の映画ではないか

 
 

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