メイン

自己の内省 アーカイブ

2007年4月10日

情報型組織研究

情報型組織研究というのは、結局民主的な組織のことでもある


セムラーイズム

分権化して権限を委譲する?

情報を知ればおのずと参加者は責任感を持つ


アメーバ経営(京セラ)
ゴア POGAL

結局、継続的な成功をしている会社は、そのユニークな経営システムによって知られることとなる

なぜならば、経営者の仕事というのは経営システム(何もしないということも含めて)をつくることに他ならないからである

継続的な成功は、それ自体がまれで貴重であるから、その経営システムは自ずから非凡なものなのある

もっと、端的に言ってしまえば、部屋をきれいにし続けるのと同じく掃除、営繕をしてごみや汚れを溜め込まないかということと同じことではないかと思う

民主化の究極とは、

自分のことは自分で責任を持つ

共有の場は協力し合って維持する

それを経営の場でも実践するというだけのことではないだろうか

2007年3月17日

工業社会的価値観を引きずっている

情報社会・知識社会とは何か


工業社会はそれ以前の農業社会と同じく物質に価値がある社会で物質を所有することで自己を表現していた
大きな会社で高い年収、高い地位、車は高級車で身に着けるものはブランド物

知識社会は物質を扱って価値を創り出すことで自己を表現する


現在はこの移行期で工業社会的な価値を引きずって、物質に囚われて、執着し捨てられないところから悲劇が生まれる


社会の乱れは、価値観の移行にともなう現象なのであろう


情報社会の変化は選択肢の多さにある

せっかく、選択肢があるのだから、ひとつのものに執着する必要はなさそうなものだ

これと同じものはないと思うからこそ執着が生まれる

探す範囲が狭ければ確かに欲しいものがほかに見つかる可能性は少ない。

しかし、範囲が広がればそのうち、別の良いものに出会うかもしれない


囲い込んでしまうのではなく、一期一会としてその瞬間に永遠を感じられるような感性になれば、奪い合い争うこともない


所有、独占を放棄すれば、紛争の種は減る


工業社会的価値に基づく判断に気づき、情報社会的判断に自分を変化させてゆく悪戦苦闘が社会全体で行われているのではないか

2007年2月17日

学会的組織運営

学会的組織運営
リクルートを辞めて、東大教育学部の認知科学のゼミに出席して良かったことは、リクルートのルーツがわかったこと
法学部、経営情報とおよそ科学とは遠いところを経てきたので、科学的なアプローチが全然わからない
ということで、先生からは研究の進め方の本を薦められて、その上でゼミで論文を読んで議論するということを繰り返した
論文発表の構成要素というのはこんな感じだ

表題
1.主題(キーワード) 2.対象 3.方法が推測できる

問題
1.なぜそのテーマを選んだか
2.テーマについての研究の歴史的経過
3.自分の研究と直接関係のある論文(先行研究)
4.自分の研究目的
5.予測や仮説

方法
1.被験者:属性
2.実験時期
3.実験場所
4.装置、材料、課題
5.手続き

結果

考察
1.妥当性:結果とその解釈が従来の知見とどの程度一致するか
2.限界性:結果とその解釈はどのような点で一般性が限定されるか
3.可能性:今後どのような展開が考えられるか


ふと、わかったことは、リクルートの広告の仕事はこうなっている
主題をキャッチコピーと読み替えるとよりわかる
先行研究とは、これまでの事例だ。
こういう企画意図でこういう広告をつくったら、こんな結果になったということを発表する
審査されて認められたものが学会誌に載ったり、学会で発表されたりする
これは、事例の審査であり、表彰・発表となる

こうやって、知がつくりだされ、先行研究として利用されて更なる発展を促す
リクルートの場合は、この仮説-検証のサイクルが早いものでは週刊単位になる

そして、相手は自分の人生の転機をかけている人たちであり
30年の住宅ローンをかかえる人である

その人達に向けて、企業や住宅との出会いをつくることをやり続けることで「知の型」を身に着けることができる
googleはドクタークラスの「知の型」ができている人を採用して、知をつくりだす環境を提供する

リクルートで可能だったのは、広告という仮説-検証がすべての情報を扱う仕事であったことと
通信事業のときに理系を大量に採用したことにあるのではないか

googleやその一世代前のテクノロジー企業、日本の製造業の強さは現場における「知の型」の応用にあったと考えるとこれからの企業は情報社会、知識社会において「知の型」を習熟し、発信し巻き込むことが重要であると言えよう

2007年4月10日

コンセプト 理論

トイレに入っていて、ふと、ひらめいた

コンセプト、理論にとって範囲は重要である
ある範囲の中では正しいといえることのことだ

理論には適応範囲がある
物理の法則は自然現象のある一部を切り取ったものである。
だから、多くの法則は地球の重力、空気を前提に成り立つものが多い

設定された範囲を意識して使えば、効果を発揮することができる

コンセプトの働きは、範囲を区切って名前をつけて扱いやすくするもの
理論はその範囲の中で、繰り返し起きる現象を説明したもの

数式だったり、言語的だったりする

制約、範囲がなければ、組み合わせが複雑になりすぎて説明できない
世の中、理解・説明できないものは、扱えないので、意味がない

人間が知覚しているものは、身の回りにある膨大な刺激のほんの一部にすぎない
理解・説明できるものだけを知覚する

それが、コンセプト・理論なのではないか

About 自己の内省

ブログ「人才輩出組織研究所」のカテゴリ「自己の内省」に投稿されたすべてのエントリーのアーカイブのページです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のカテゴリは現地・現場・現物です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。