明日死ぬという修行

年初に自分の「情熱を注ぐ対象」を「第5水準のリーダーを輩出する場をつくる」ことと再設定した

そして、一つのモデルとしてJobsが1985年に30歳でアップルを追われ、1997年にアップルにカムバックするまでの12年間に何があったのかを考えようとした 。そこで、あらためてJobsの2005年のStanford でのスピーチを再確認してみる

ここには、Jobsの行動指針が凝縮されている。原文および訳は山口さんのものがわかりやすいです



Dots 何が幸いするかは後からわかる。先読みして、要不要を判断するより、どうせやるなら全力をつくし、経験したことがやがてつながると信じることで、たとえそれが皆の通る道からはずれても、自分の心に従うことができる

Love and Lose アップルを追い出されたことはつらかったけれども、自分の過ちに気づくために必要な機会だった。自分が情熱を傾ける対象があったからこそ、つらい経験も乗り越えることができた。対象が見つかっていない人は、見つける努力を続けよう。立ち止まっていてはいけない

Death 明日死ぬとわかっても、やり続けることをする。周囲の期待に応えようとしない。自分の心の声に従う

Jobsのすごさは、誰もが知っていてもやっていないことをやり続けているところにある。どんなに周囲との摩擦を起こしても、うまくいく保障がなくとも、その成功がいつになるとしても実行する。その原点は17歳の時から始めた「明日死ぬとしてもそれをするか?」という問いである。そう問い続けて3年後にウォズとコンピュータにのめりこむ。凡庸であることに我慢ができず、最高を求めてきた。ただ、30歳の時には、ないものねだりと現実的であることの区別がつかず、暴君になってしまった

「凡庸で良いじゃないですか」という意見が説得力を持つのは、自分が本当に卓越せずにはいられない情熱を傾ける対象を見つけていないだけのこと。情熱を傾けるものをなんとしても見つけるという勤勉さがないだけなのだと

そこで、あらためてリクルートのことを思い起こします
リクルートは、対象は何かはわからないけれども、卓越したいという思いをもった人たちの集団でした

リクルートの仕事が良かったのは、ほとんどすべての仕事にアプローチすることができたこと。
しかも、飛び込みという形で、自分が見たい聞きたいと思ったところにはどこにでも行けて、話を聴くことができた
しかも、広告という仕事だからこそ、その仕事の本質と求められる強みを知らなければならない。仕事を楽しんでいる人、成果をあげている人の話を聴いて、その仕事を楽しむ可能性がある人が何が知りたいかを想像して引き出し、表現し、数週間後にはその結果を知ることができた
大切なことは、ものごとの本質を知ること、相手の立場に立つこと、表現して検証することだった。
広告という仮説を検証することを繰り返すうちに、何に自分が情熱を感じるのかがわかるようになってくる

情熱を注ぐ対象」が明確になれば、周囲への影響を発揮し始める。そして、ここがそれにふさわしい場所ではないことがわかれば、そのところを得ることは自らの責任であると考える。自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよとリクルートは、卓越を目指すこと、情熱を注ぐ対象を探すことは当然のことになっている場だった

この当たり前だけれども実践を続けることが難しいことを仕事として求められる場をつくることが一つの処方となりうる

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明日死ぬという修行は以下のブログから参照されています。

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このページは、鈴木利和が2008年1月 7日 11:41に書いたブログ記事です。

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