そっか、ソーシャルキャピタルだったんだ

全体の問題に協力せずに、成果だけ得るただ乗り(フリーライダー)が増えてゆくことによって、全体の秩序が崩壊してしまう社会的ジレンマ

社会問題が起きたときに、自分にできることで協力しようと思うより、政府や企業を批判する

会社の中で、自分のことで精一杯で、周囲の人に協力せしない。結果として、会社全体が非効率になっていること批判を経営に向けてるうちに赤字になって、結局会社もなくなってしまう

今日の組織や社会に起きている問題の背景には、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)が減っているということがある

社会関係資本がない中で、無理やり秩序をつくろうとすれば、権力と金と恐怖によるファシズムになる
なぜ、ファシズムになってしまうかといえば、そんな秩序でもなければ、もっとひどい、弱肉強食の修羅場になってしまうからだ

ソーシャルキャピタルが豊かでなければ、人は失敗できない
失敗して傷ついていると征服されてしまう危険がある状況で、どうして挑戦ができるだろうか

主体性がないと感じたときには、もしかして、この場には関係資本が不足しているのではないかと疑ってみる必要がありそうだ。もちろん、そんな状態でも、自ら動く人はいる。そういう英雄の登場を待って、ただ乗りしたいという気持ちが人の中に確かにある。その楽なほうに流れるのではなく、自己の成長に向けて自分を追い込んでゆける人が集まると関係資本が増えてゆく可能性が高くなる

そうして、お互いが行動した結果、信頼関係ができ、ネットワークが広がり、ルール(規範)ができてゆくにつれて関係資本が増えて、挑戦が増え、創造的になって行くのではないだろうか

つまり、「厳しくて温かい場」が創造的な社会、組織には必要なのだ

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このページは、鈴木利和が2007年7月17日 10:55に書いたブログ記事です。

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