最高を求める心

何のために都市で働くのか
何のために企業で働くのか

ネクストソサエティを読み返して、あらためて疑問に思った


今日の少子高齢化、凶悪犯罪、教育、環境・・

これらは、都市社会の必然である


都市社会は、農村社会の濃い人間関係を逃れてきた人々による匿名社会である
それゆえに、建設的な目的をもつコミュニティがないと都市社会には無法がはびこる


それゆえに、都市に人間性とコミュニティを回復させる社会セクターが必要で

その答えはNPOだというのがDruckerの結論だ


かつての都市は、危険で不潔な場所であった
それでも、文化が花開き人を引き付け
やがて大資本による工場が農村人口を吸収し、先進国は急速に都市化した

工業国、先進国、都市化、犯罪の増加は、当たり前のことであった
日本においては、共同体的要素の強かった企業が社会セクターの役割を果たすことで、世界でもまれな都市における安全神話が生まれた
しかし、日本企業は終身雇用・系列を放棄した
そのことが社会の混乱を招いているといえるのかもしれない

そうなると、今日本に必要なのは、企業に代わる社会セクターをつくることになる

Druckerの指摘の通りだとするならば、政府も企業もこの問題の解決はできない
私たちが政治に何かを期待するのはお門違いということになる

何らかの社会セクターが必要になる。しかし、それが日本でもNPOなのかはわからない
社会起業家なのか、再度、企業にCSRとして社会セクターを期待するのか・・・

そこで、最初の疑問に戻る
情報技術が発達し、知識社会になるに従って、都市に住む必然性はなくなりつつある
製造業のような巨大資本を必要とする産業は社会の主役ではなくなりつつある
特に消費に魅力を感じない

少し、冷静に考えてみる

都心の一等地の住宅、高級車、ブランド物を手放したら、果たしてどれだけの収入が必要になるだろう?
都心の大企業に勤務する必要な何だろうか?

激烈な競争に疲弊しながらも、都市で働き、大企業で働く理由は何か?

見栄や外聞を振り払って、本当に重要なことは何か?

答えは

最高を求める心


都市には最高の人がいる確率が高い
その人たちと切磋琢磨することで、自分を高めたいという
気持ちが人を都市に向かわせるのだと思う

自分が何で卓越したいのかが定まったらもはや都市にいる必要は必ずしもない
環境を自ら構築すれば良い

自分は何によって覚えられる人になりたいか?
何に卓越するのか?

今の所の答えは

生涯学習の場のデザイナー
しかも、社会セクターとしての
企業である必要はないと思っている
学習コミュニティであり、絆を強く感じる場だ

今はそうしてみようと思っている

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このページは、鈴木利和が2007年5月 6日 09:02に書いたブログ記事です。

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